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気づきの美学

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「悪」の本質

 

【気づきの美学】とは、竹中三千代が根源美容を仕上げるまでに気づき得たことや、様々な視点から採用した美のヒントをふんわりと軽〜い感じでご紹介しているものです。

私が人生で経験した話をすると

「そんなことあるわけない」
と怒りを込めて頭ごなしに否定する人

「理解はできないけどそういう人もいるのね」
という柔軟な人

「その話、韓流で見た」という人。

全て正しいと思う。
人の数だけ正解がある。

そして韓流系の人は大体そこから
全ストーリーを話し始める。

人って面白い。

私にとっては真実の話

そして今日は
私が自分自身をコントロールできなかった頃

つまり、巫女体質が炸裂していた時に
ある神様から諭してもらった内容です。

どうやら私は専属の巫女の中の
一員だった過去世があるようで

その方、荒魂で出てきたので

あまりの迫力で、言霊の力が半端なく
太鼓を打ったかのような響きで
目の前にいる人が倒れてしまうほど。

なので、その時だけはどうすることもできず
半年ほど仕事を休みました。

そして、その間に
様々なスキルを身につけたのですが
不思議なことにそれをその神様にしか
使うことが許されなかったのです。

自分や周りの人にそのセッションをしようとすると
耳に膜が張ったかのようになり聞こえなくなる。

やめると膜が耳から頭の上の方へと移動し
聴こえが良くなり

また自分に活用しようとすると膜が下りてくる。

なぜなんだろう。

結局当時、「専属の巫女」だったため
決まった神様だけのためにしか
自分の力を使いませんという
観念があったようです。いや、契約かな。

だから誰にも活用できなかったという…
なんとま。

で、この一言から始まったのでした。

「●●神社へ行く!」

イヤだイヤだ!こわい!無理!
という私の心の叫びも届くことなく
身体はそこへと向かっていく。

********************

というのも、20代半ばの頃
その神社の前にあった整体へ行き
私は謎の目が風船のように腫れる
という経験を2度ほどし

その上、すぐ傍にあったお料理教室に行ったとき
横にいた方がまるで刀で切るかのように
手をザックリ切った瞬間を目撃したこともあり

とにかくこの神社にだけは
絶対に近寄らないようにしようと
固く決めていた所だったから。

当時まだネットがなかった時代だったので
誰の神社かもわからぬまま、
恐怖だけが残っていたのでした。

**************************

そんな経緯があったものだから
散歩を嫌がる犬のように必死で抵抗してみたものの
もちろん無理なわけで…

そして本殿の前に立つと
中から物凄く大きなエネルギーの塊が出てきて
私の中に入って来たのでした。

そこからが始まり。
色々あったけどほぼ意識状態が違うので
覚えていないのですが
これだけは覚えていること。

和魂と荒魂を分けるから
本来の力を発揮することができない。

自分の中の悪いと思う部分を否定して
分離させることは違う。

それを認めて受け入れて
統合させていくことが大切。

そんな感じだったような?

それから「悪」は悪ではないと。

「悪」は学びのためにあるのだと。
愛と光だけでは学べない。

「悪」は気づきや学びのためにある。

一見悪い出来事も
そこから何を学ぶ必要があるのかと考えること。

悪はそれを教えるためにある。
全ては気づきのヒント。

敵と思うと
それは敵になり

調和の心を持つと
光となる

悪さをしてくるものは
学びのためにそういう役割をしてくれている

何を気づき学ぶ必要があるのか
また、気づけば感謝となる。

悪も役割
闇も光
全てが「愛」である

そんな感じだったかな。

******************

本当は苦手だった人もいがみ合った人も
地球を出たらみんな友達なのかもね。

子供の頃にやった鬼ごっこを思い出した。

親友が鬼になってりしてたでしょ。
結局そういうことなのかも。

ミュージカルだって
主役も悪役も最後は手をつないでありがとう!
って出てくるもんね。

人生って結局そういうものなのかもしれません。

ミチヨ

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